• 物件検索~住まいをえらぶ~
  • くらしとまち~住まいと出会う~
  • Brilliaの魅力~住まいを知る~
  • 購入ガイド~はじめての住まい~
    • 街を楽しむ~Brillia Town Guide~
    • くらしを楽しむ~Brillia Living Guide~
    • 季節を楽しむ~Brillia Season Guide~

HOME > くらしとまち ~住まいと出会う~ > 街を楽しむ~Brillia Town Guide~ > 戸塚~

宿場町のたたずまいを訪ねる 戸塚散策ガイド

totsukaeki3.JPG

江戸時代、東海道の宿場町として栄えた戸塚宿は、日本橋から数えて5番目の宿場町であり、日本橋から10里半(約42キロメートル)という距離にあるため、早朝に日本橋を出発した旅人が宿をとるのに最適な場所だった。このため、昔から戸塚宿は多くの人が往来し、大変な賑わいを見せていた。現在でも、戸塚の街を歩いていると、思いがけないところに歴史の息吹を感じることが出来る。今回はそういった歴史を尋ねることができるスポットを散策していくことにしよう。

戸塚宿は、東海道の戸塚駅周辺のエリア約2.2キロメートルの範囲だったと言われている。まずはこの周辺を歩いていくことにしよう。

matsu.JPG

宿場には「見付」と呼ばれる出入り口がある。京都側にあるのが「上方見付」、江戸側にあるのが「江戸方見付」と呼ばれ、この両見付けの内側が、宿内だというわけだ。参勤交代の大名らを宿役人がこの見付で出迎えてたという。京側の見付には現在、道の両側に1.5メートルほどの石の囲いがあり、江戸時代と同じように左に松の木、右に楓の木が植えられている。

totsukanohi.JPG

戸塚宿を散策する際には、戸塚宿の総鎮守「冨塚八幡宮」を訪れたい。平安時代、前九年の役を平定するために源頼義、義家父子がこの地に野営していたところ、夢で応神天皇と富属彦命の信託を受けて、戦に勝利したということがあった。この勝利に感謝し、1072(延久4)年に、両神を祀るために社殿を造ったのが由来となっている。山頂には富属彦命の墓と言われる前方後円墳があったと言われている。この古墳は「富塚」と呼ばれており、これが「戸塚」という地名の由来となったと言われている。現在はこの地に碑が置いてある。

oohashiukiyoe2.JPG

その他、戸塚宿に2つあった本陣のうちのひとつ「澤邊本陣跡」や、お天王さまと親しまれている「八坂神社」、左甚五郎作といわれている竜の彫刻が山門にある「海蔵院」、歌川広重の「東海道五拾三次之内 戸塚」に描かれている「大橋」など、見どころは非常に多い。

江戸時代の旅人に思いを馳せながら、東海道を散策するのもなかなか楽しいものだ。しかしここではもうひとつ、戸塚を南北に流れる柏尾川の歴史にも注目したい。

kasiokawa.JPG

柏尾川は、戸塚区柏尾町の阿久和川と平戸永谷川の合流点から藤沢市川名で境川本流に合流するまでの延長11キロメートル、流域面積84キロ平米、横浜市内では2番目の大きさの河川である。川沿いは遊歩道として舗装されており、「柏尾川プロムナード」と呼ばれている。こちらでは約700本、約4キロに渡って多くの桜が植えられており、身近な憩いの場として親しまれている。

kasiokawapuro.JPG

柏尾川の桜の歴史は古く、1856(安政3)年、柏尾川沿いに桜が植えられたとの言い伝えがある。そのあと明治元年に、最初の桜並木が完成している。大正から昭和初期にかけては戸塚駅から大船駅まで、両岸に見える桜のトンネルが非常に見事で、関東屈指の桜のトンネルだと言われていた。しかし戦争や改修によって、伐採されることもしばしばだったが、そのたびに新しく植樹して、桜並木の景観を維持してきた。現在の桜並木は1980(昭和55)年に植えられたもの。関東でも有数の桜の名所として、多くの人々に親しまれてきた。

遊歩道には散策やランニング、日光浴を楽しむ人などの姿を多く見かけることが出来る。地域住民の自然を守りたいという思いが代々受け継がれてきて、現在の見事な景観を生み出しているのだろう。

このページをご覧の方はこんなページもご覧になっています。

ページトップ